
| 現在の御社殿は弘化4年(1847)本殿再建工事が始まり、明治7年(1874)完成の拝殿を以って成る権現造り(ごんげんづくり)で、社殿の随所には多くの彫刻が施されています。 |
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| 神社創立ゆかりの地、宝登山山頂に鎮座しています。5月2日(八十八夜)日本武尊社から御神霊をお乗せした神輿を迎え奥宮祭が行われます。 |
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| 倉稲魂命(うかのみたまのみこと)をまつったお宮です。毎月15日にはお炊き上げ祭が、2月の初午には初午祭が行われます。 |
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たくさんの神様がひと所にまつられています。
御祭神は、 |
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◆伊勢大神
(天照大神/あまてらすおおかみ・豊受大神/とようけのおおかみ)
◆八坂大神
(素戔嗚命/すさのおのみこと)
◆野栗大神
(野栗大神/のぐりのおおかみ)
◆諏訪大神
(建御名方神/たけみなかたのかみ)
◆琴平大神
(大国主命/おおくにぬしのみこと)
◆熊野大神
(伊弉冉命/いざなぎのみこと)
◆榛名大神
(埴山毘売命/はにやまひめのみこと)
◆竃三柱大神/かまどみはしらのおおかみ
(奥津比古命/おくつひこのみこと・奥津比売命/おくつひめのみこと・火産霊命/ほむすびのみこと)
これは、明治時代まで、藤谷淵村(現在の長瀞町長瀞)の各所にあった8社の神社を,この地に遷座しておまつりしたためです。2月と10月の18日には春秋の祭りが、7月20日には八坂様の祭りが行われます。
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| 神楽の本義は「神座」(かみくら)を設け、神を招き慰める為に舞楽を奏すことをいい、例祭の他、歳旦祭、節分のに奉奏されます。神楽殿には「神人和楽」の額を掛け、その本義を伝えます。 |
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| 交通安全祈願を申し込まれた方々の車輌をおはらいする所です。 本殿の祈願が終了したのみ、ここに車輌を入れて下さい。おはらいいたします。 |
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| 昭和天皇のご成婚を奉祝し、大正13年(1924)氏子の青年団が植えた黒松・赤松です。現在長瀞町指定の自然記念物で、樹木の傍らに「皇太子殿下ご成婚奉祝唱歌」碑が建っています。 |
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| 永久元年(1113)の開基と伝え、地蔵菩薩を安置してます。神仏分離の後は別当を廃しますが真言宗智山派に属しながら、神社とともに今に至ります。 |
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| 玉泉寺山門。「仁義」の扁額を掲げることから、「仁義門」ともいいます。 |
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| 最もゆかりの深い日本武尊の御神霊をおまつりしたお宮です。5月2日(八十八夜)の奥宮祭の時は、ここから御神霊を神輿にお乗せして、奥宮へ向かいます。 |
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| 日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が東国平定の途すがら、山ろくの泉で「みそぎ」をされ、ホド山に登られたと伝えられます。この泉は「玉の泉」とも称し、往時をしのぶよすがとしています。 |
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| 学問の神様である菅原道真公をおまつりしたお宮です。
初天神には、児童・生徒が集まり、書き初めなどを奉納して学業向上を願う祭典が行われます。 |
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| 明治・大正・昭和の戦争で、国のために尊い命を捧げた長瀞町出身の人々がまつられています。春秋の彼岸には、戦歿者の功績を賛え、慰霊祭が行われます。 |
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| 神楽殿わきから湧き出る水の神をおまつりしたお宮です。 常に清い水が流れ出ており、御神水として受ける参拝者も数多く見られます。 |
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| 神事・祭事以外の神社事務一般を取り扱うところと共に、祈願等の受付窓口でもあります。総合案内所の役割を果たします。ご遠慮なくお立ちより下さい。 |
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| 神詣でのエチケット。「うがい手水(ちょうず)に身を清め」といい、手・口をすすぎ清め、神前では二拝二拍手一拝し、心静かな参拝を心がけます。 |
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| 皇紀2600年を記念して昭和15年着工。戦時下のため苦労の末、昭和17年竣工を見ます。現在は齋館として利用しています。 |
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| 祭典終了後の直会をはじめ、団体参拝者の休憩所として供しています。 |
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| 三間四方の堂内には不動明王が安置され、仏事の折には護摩壇が組まれ護摩が焚かれます。 |
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